インフレ時代、持ち家は本当に「最強の資産」なのか?不動産鑑定の視点で検証

 

面白い視点で「持ち家vs賃貸」を解説している動画を見つけました。

この動画の内容を基に、不動産鑑定の視点から、実質金利・住宅ローン・不動産価格の前提条件を整理して、後悔しない住まい選びの判断軸を解説します。

インフレ時代に「持ち家vs賃貸」が再び議論される理由

インフレ局面に入ると、必ず浮上するのが「持ち家か、賃貸か」というテーマです。背景にあるのは、物価上昇によって現金の購買力が徐々に低下するという現実です。通帳の残高は減らなくても、同じ金額で買えるモノやサービスが減っていく。この現象は、経済学ではインフレによる実質価値の低下と説明されます。

動画ではこれを「静かな税金」と表現し、現金を保有し続けること自体がリスクになり得ると指摘しています。この問題意識は、不動産鑑定の現場でも共通しています。評価額は名目価格だけでなく、その価格が将来どの程度の価値を維持できるかという視点で検討されるからです。

実質マイナス金利という構造をどう理解すべきか

動画の中核は「実質マイナス金利」です。名目金利より物価上昇率が高い場合、借入金の実質的な負担は時間とともに軽くなる、という考え方です。

ここで重要なのは、「借金=得」と短絡的に理解しないことです。不動産鑑定では、ローンは資金調達手段であり、評価対象はあくまで不動産そのものです。

ただし、低金利で長期固定的に資金を調達し、インフレ耐性のある実物資産を取得できる環境は、歴史的に見ても稀であることは事実です。

つまり、この構造は「無条件で有利」なのではなく、一定の前提条件下で有利に働く可能性があると理解するのが現実的です。

不動産は本当にインフレに強いのか

動画では、不動産を「実物資産の防波堤」と表現しています。この考え方自体は、不動産鑑定でも共有されています。土地は新たに供給できず、建築費・人件費・資材費の上昇は、長期的には価格に反映されやすいからです。

ただし鑑定評価では、以下の点を必ず確認します。

  • 立地(需要が継続する地域か)
  • 用途(居住用か、収益用か)
  • 代替性(似た物件が過剰に供給されていないか)

都市部の住宅価格上昇が語られがちですが、すべての不動産がインフレ耐性を持つわけではありません。この点を無視すると、「家=必ず資産になる」という誤解につながります。

賃貸は本当に「高リスク」なのか

動画では賃貸を「高リスク」と表現しますが、鑑定的にはリスクの種類が異なると整理します。

  • 賃貸のリスク:家賃上昇リスク、老後の支払い継続リスク
  • 持ち家のリスク:価格下落リスク、流動性リスク、修繕負担

賃貸は資産が残らない代わりに、生活の柔軟性が高い。一方、持ち家は住居費を固定化しやすい反面、身動きが取りにくくなる。この違いを「得・損」ではなく、どのリスクを取るかとして整理することが重要です。

住宅ローン(金利タイプ)は「恐怖」ではなく「設計」の問題

変動か固定かという議論も感情論になりがちです。不動産鑑定の実務では、金利そのものよりも返済継続性が重視されます。

動画で触れられている通り、変動金利には以下の特徴があります。

  • 初期金利が低く、支出を抑えやすい
  • 将来の金利上昇リスクがある

重要なのは、金利が上がった場合でも生活が破綻しない設計になっているかです。これは鑑定評価以前に、家計の安全性の問題です。

「持ち家vs賃貸」に正解はあるのか

結論から言うと、「万人に共通する正解」はありません。これは逃げではなく、不動産鑑定の実務における前提です。不動産価格は、株価のように全国一律の“市場”で瞬時に値が付くものではなく、立地・用途・需給・築年・管理状態・将来の代替性など、個別要因の集合で決まります。

したがって「持ち家が得」「賃貸が損」といった単純化は、鑑定評価の立場からはそのまま採用できません。

ただし、インフレ局面で議論が再燃する理由は明確です。インフレは、現金の購買力を削る一方で、実物資産(不動産)の名目価格や再調達コスト(建築費など)に影響しやすいため、条件が揃えば「持ち家(住宅ローン活用)が有利に働き得る」ことも確かです。ここで大事なのは、“正解探し”をやめて、判断軸を持つことです。

住まい選びを実務的に整理すると、論点は大きく3つに分解できます。

  • 居住の安定(生活設計):転勤・介護・子育てなど、住み替えの可能性をどう織り込むか
  • 住居費の管理(キャッシュフロー):支出を固定化したいのか、柔軟性を優先するのか
  • 資産性(出口の確保):将来「売れる/貸せる/住み続ける」の選択肢を持てるか

賃貸は、資産が残らない代わりに、住み替えの自由と管理負担の軽さを買う選択です。一方で、インフレ期には家賃改定や更新時の上昇リスクがあり、老後も支出が続く点が課題になります。

逆に持ち家は、住居費をある程度固定化しやすい反面、修繕や税金、災害、そして「売りたいときに売れない」流動性リスクを抱えます。

つまり、正解は「持ち家/賃貸」そのものではなく、あなたの前提(ライフプランとリスク許容度)に対して、どちらが“管理しやすいリスク”なのかで決まります。

言い換えれば、住まい選びは「価格の予想」ではなく、不確実性に対する設計です。条件を言語化できるほど、判断はブレにくくなります。

前提条件が崩れた場合に考えるべきリスク

動画の主張(インフレ下で持ち家優位)を実務で扱うなら、必ずセットで考えるべきなのが「前提条件が崩れた場合」です。不動産鑑定では、シナリオが一つしかない評価は危険とされます。

なぜなら、不動産は高額で、売買コストも大きく、やり直しが効きにくいからです。そこでここでは、崩れやすい前提を3つに分けて整理します。

① インフレ率が鈍化・後退する

インフレが継続する前提が弱まると、「実質マイナス金利」の恩恵は薄れます。インフレが落ち着けば、負債の実質価値が勝手に軽くなる力も弱まります。その一方で、生活必需品が下がるとは限らず、家計の余裕は想定ほど増えないこともあります。

重要なのは、インフレの方向性が変わっても、返済が成立する設計になっているかです。期待値で買うのではなく、最悪を想定して買う。これが鑑定実務に近い考え方です。

② 金利だけが上がる(特に変動金利)

金利上昇は“将来の返済額”に直結します。動画でも触れられていた通り、変動金利には返済額が急変しにくい仕組みがある一方、利息が先送りされ、元本が想定ほど減らない局面が起こり得ます。

ここでのリスクは「金利が上がること」そのものではなく、上がったときの打ち手がないことです。たとえば、上昇分を吸収できるバッファーを持つ、繰上返済の余地を残す、借り換えを検討できる信用力を維持する――こうした“操作可能性”があるかが、持ち家戦略の生死を分けます。

③ 地域の価格上昇が起きない(または流動性が低い)

鑑定で最も重視されるのは、実は「価格が上がるか」よりも「出口があるか」です。つまり、売れるのか、貸せるのか、住み続けられるのか。地域によっては、価格が上がらないだけでなく、買い手がつきにくい・賃貸需要が弱い・空室が増えるといった問題が起こり得ます。

こうなると、持ち家は“資産”というより“固定化された住居”になりやすい。インフレ耐性を期待して不動産を買うなら、少なくとも「出口の複数化」を意識すべきです。

実務的にチェックできるよう、リスク確認の観点をまとめると次の通りです。

  • 家計耐久力:収入が落ちても返済が成立するか(余裕資金・保険・貯蓄)
  • 金利耐久力:金利が上がった場合の支出増を吸収できるか(試算とバッファー)
  • 出口耐久力:売却・賃貸・居住継続の選択肢が現実的か(地域需給・物件特性)
  • 維持耐久力:修繕・更新・管理の負担を織り込めているか(マンション/戸建で論点が変わる)

これらは“買う前”にしか整えられません。前提が崩れた後に慌てると、選択肢は一気に狭まります。だからこそ、インフレの追い風を語るなら、同じ熱量で「逆風でも倒れない設計」を語るべきです。

まとめ:結論は「どちらが得か」ではなく、「崩れても耐えられるか」

持ち家と賃貸の議論は、つい「得か損か」という結論に引っ張られます。しかし、最終的な争点はそこではありません。争点は、あなたの前提条件が崩れたときに、生活が守れるかです。

インフレ局面では、実物資産が相対的に強く見え、住宅ローンのような長期の資金調達は魅力的に映ります。条件が揃えば、持ち家が住居費の固定化や資産形成に寄与する可能性があるのも事実です。

一方で、不動産は地域差が大きく、出口(売却・賃貸)が弱い物件では、思ったほど資産性が発揮されないこともある。さらに金利や家計状況が変われば、計画は簡単に揺らぎます。

だから結論はこうです。「持ち家/賃貸」の二択に答えを求めるより、複数シナリオで破綻しない選択をすること。

具体的には、(1)家計耐久力、(2)金利耐久力、(3)出口耐久力、(4)維持耐久力――この4つを確認し、耐えられる設計になっているなら“買う”は選択肢になります。逆に、どれかが弱いなら、賃貸で身軽に動きながら資産形成を別枠で進める方が合理的な場合もあります。

インフレ時代の住まい選びは、未来を当てるゲームではありません。未来が外れても、生活を守れる構造を作るゲームです。その視点さえ持てば、動画の主張も「煽り」ではなく、判断材料としてあなたの味方になると思います。